赤い糸とは・・・

先に運命という簡単そうで複雑な言葉の話をした。運命と二個一で昭和時代に使われていたのが「赤い糸」だ。赤い糸とはイメージ的には西欧の神話などから出てきた言葉のようにも思われるがそうではなかった。

赤い糸と言うのは運命とはおそらくなんら関係なく、それでもこんなに広く使われているのは日本の古記にもこの言葉が使われている。それにしてもそんなことになるとは思わなかった。赤い色そのものが世界各国で強い力があるとされているがどうしても赤い糸というのがそもそもソウルメイトをイメージさせることが目的。

ソウルメイトの判断方法

ソウルメイトを探すことは不可能だ。だから糸で結ばれた相手を探せばそれがソウルメイトと言うなんとも単純明快なメカニズムになっている。出会いをさがすにはそれなりの婚気がいる。その婚気を使わずに済む方法として回避できるのがその存在だ。なんて人間は欲深いものなのだと思う。糸をたぐり寄せれば自分に適している相手が手品のように現れてくるのだ。

このソウルメイトと言う言葉、魂の伴侶として日本語に訳されるがどこにでも物ではない。しかし女性はこの言葉に過剰反応するのだ。ではどこでそのソウルメイトが待っているのか・・・女性はこの課題にずっと追われ続けているのだ。大変である、女性も。

伴侶の探し方

こんな話がある。恋活パー-ティーに参加したある女性は今とても理想的な彼氏がおり彼はソウルメイトだと豪語する。ここでいう理想とはその女性がもっとも求めていた三高(高学歴・高収入・高身長)を持ち合わせている。まずここで疑問が・・・恋活パーティーでソウルメイトに出会う事ができるのか。そしてその三高とは理想と言っていいのかと言うところ。しかしソウルメイトだと思える男性に出会い、そして幸せを感じることができている。まさに周囲の女性から見ても理想の女性人生を歩んでいる、だがこの女性、三か月で破局している。理由は、「魂の伴侶ではなかった・・・」

こんなに面白い話が合っていいのかとわたしは思っていた。まず、魂の伴侶に出会いそれを実感していたことがすでに否定されてしまう。伴侶たるものそう簡単にははなれないから伴侶と言えるのだ。悲しいことに伴侶の意味を履き違えたこと、理想を追い求めすぎて勝手に舞い上がっていたこと、それらがミックスして最悪な結果になってしまった。

赤い糸にまちがいがあってはならない。過去に崇められてきた赤の色を立証してはならないのだから・・・いわゆる赤い糸がそんな簡単に存在してはならない。だからこそ誰もが運命の赤い糸を追い求めることができるのだから。

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出会いを学ぶ力